蝋のような肌の白さ、明るいアッシュブロンド。
外国人の多いこの町でもそう見る事のない極端な北欧系だ。
私服ではあったが、それはつい数日前、尼龍や瑛二をボウガンで
狙撃しようとした中学生に違いなかった。
しかしその事は夏比古と明浩しか知らない。
瑛二は警戒する様子もなく少年に近づいていく。
明浩は少年を視認すると「行ってくる」と踵を返した。
「待ちなって」
「何だ」
珍しく不満げな感情を滲ませた声で問い返す。
前回も、同じく少年を追おうとして夏比古に止められた。
「違うって。俺が行くよ」
「……」
「あっくんは瑛二視てて」
明浩は自分でも気付かない程小さな溜息を吐いて、階段に向かった。
「…明浩(ミョンホ)だ」
「わかってる」
・・・・・・・・・・・・・
夏比古がフェンスの外、裏手の丘の下に着いた時には少年は既に
道路に降り、何事もなかったように携帯を見ながら歩いていた。
その背を遠くに見ながら、身を隠すでもなく尾いて行く。
その細い髪が揺れているのを見ていると初めて出会った時のことが思い出された。
黒い詰め襟。150ポンドクラスのボウガン。
スコープを向けていたのが瑛二や尼龍と待ち合わせをしている店だと気付いた時
髪を掴んでその狙った目を、攻撃した。
怯まず睨み返してきた青い瞳。
…そして、手の中に不自然に多く残った金色の髪の筋。
どういう事情で被爆したのか分からないが、放っておいても長くはない。
それに、世界に対する絶望から生まれた狂気に同病相憐れまなくもない。
勿論夏比古の求める「人材」でもない。
だから、放置した。
今回高橋を襲撃したのも彼ではない。
あの風の強い日に、アルミ製の矢で遠くから狙って二本も命中させられたとは考えにくい。
かと言って、上から見た射程範囲内にはボウガンを持った人間はいなかったが。
考えられるとすれば、携帯できる70ポンドクラスのボウガンに
無理に150~180用の矢をつがえ……至近距離から射た。
あるいは、手で。
明浩には高橋の護衛やその周囲に居た者を洗わせている。
けれど既に、高橋がいなくなっては、全ての計画が狂う。
高橋がいなくなっては。
・・・・・・・・・・・・・
少年は高橋襲撃事件のあった錦糸町駅にやって来た。
公衆電話ボックスに入り、ポケットからじゃらりと腕輪を取り出す。
よく見ればアクセサリーではなく、夥しい数の小さいキーが束ねられている。
ロッカーのスペアキーのようだ。
携帯を見ながら器用に二、三の鍵を外すと、どこからか取り出したガムテープで
電話の下に貼り付ける。
出てきて街路樹の縁石に腰掛けると、どこかにメールを打っているようだった。
やがて、やって来て鍵を取ったのは
明らかに新品ではないが状態の悪くないブランド製品を
隠しもせずにぶら下げた中学生だった。
……なるほど。
夏比古は目を細めた。
ロッカーの中には相応しい額の現金が入っているのだろう。
中学生にブランド品をオーダーして奪わせ、良いレートで買い取っている
ブローカーがいるのは明浩から聞いている。
期せずして、中学生を統括している人間か、あるいはそれに近い者を
掴めたらしい。
瑛二達を襲ったのは上の指示かと思ったが、意外と本人なのかも知れない。
少年は、中学生が鍵を取ったのを確認するとさり気なく立ち上がり
もと来た方向へ戻り始めた。
大通り沿いに少し歩き、やがて古い雑居ビルの中に姿を消す。
後を追って入ってみたが、八つほど並んでいるそっけない郵便受けには
社名だけでは業種が想像つきにくい表札か団体名かが並んでいるだけだった。
しばらく待って、少年が再び出てくる気配がないのを確認して
ポケットから携帯電話を取り出す。
ピッ
「あっくん、○○町が何中学の校区か調べて。あと、そこに
口元に傷がある白人が通ってるか」
「え?」
「……そう。分かった」
少年の情報の代わりに得たのは、
瑛二の指が、カッターで切りつけられた事と
高橋の首から下はもう、動くことはないであろうという知らせだった。
今少年を止めれば、匿名で暴走する事を覚えてしまった中学生達と
秩序を失った357の衝突は激化し、無駄な死者が出る。
また、自らの未来がない人間の、破壊活動を止めさせるのは難しい。
しかし、あの少年は放っておかない。
友人を少しでも傷つけた者を許さない。
それが感情に過ぎない事が分かっていても。
その理由で誰かに刃を向ければ
そのまま自分に突き刺さってくると分かっていても。
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