「キラは神にだってなれる!」
「私に言わせれば、救いようのない愚かな人殺しです」
憎々しげに吐き捨てたLを、月はただ目を見開いて見つめていた。
「……L」
だが憎悪に限りなく近い感情で唇を歪ませていたLは、その時不意に目を逸らす。
月にその表情を読まれる事を恐れるようにその背後に立つべく一歩二歩と足を進めた。
「そして……たった一人の友達でした」
先程とは対照的に、静かな。
泣き出す寸前の子どものような声だった。
「こんな形でなく出会いたかったです」
謀略に、権謀術数に長けたLの、それは心底からの吐露。
常に月を揶揄い、怒らせ、弱点を探し突き崩そうとしていたLの、血を吐くような告白。
だが。
月にはもう、どうしようもない。
「こんな形でしか出会えなかったんだよ……俺達は」
呟くように応えた月は……しかし次の瞬間、素早く振り向いてLの肩を掴んでいた。
「え?」
目を大きく開いたLの、端からまだ血が流れている唇に、自らの唇を押しつける。
「……え?」
その時、
「L!」
「ライトくん!」
遠くから聞き覚えのある呼び声が聞こえ、足音が近付いて来た。
「逃げるぞ、流河」
「え?」
月はLの手首を掴むと、足音とは反対方向に走り出す。
Lは呆然としながらも、何故か無抵抗に着いて来た。
黒いノートを持ったまま。
黒い人影に手を引かれる白い人影。
二人は防火扉を開け、非常口を抜け、半地下の倉庫から地上に出る。
倉庫の向こうは人気の少ない工場だったが、少し歩いて塀を回ると、そこには白茶けた昼間の歓楽街が広がっていた。
「あ、あの、ライトくん」
「黙って。今考えてるんだ」
「何を?」
月は漸く足を止め、しかし前を向いたまま答える。
「自分がなんでこんな事をしてしまったか。
そしてこれからどうするべきか」
「……」
Lは呆れたように口を開いたが、その目はどこか楽しんでいるようでもあった。
月は目の端でそれを捉えたのか、目を細めて眉を顰めたが、すぐにまたLの手を引いたまま歩き始める。
やがて。
月がLを引きずるようにしてくぐったのは、毒々しい程に華やかなデザインのビルのエントランスだった。
「凄い、内装も派手ですね……」
テラテラと光るベッドにも座らず、ソファにも目をくれず、Lは猫背気味に部屋の中央に立ち尽くしていた。
「ごめん、ここは、その、」
「あ。勿論知ってます。ここがどういう宿泊施設なのか」
「悪い。その、手っ取り早く二人きりになれる場所ってここしか思いつかなかったんだ」
「そうですか。先程の事もありますし、何かいかがわしい事をされるのかと思いました」
「そ。……そんな訳ないだろう!」
「そう?僕は構わないよ?」
「……!」
しばし見つめ合った後、Lの唇が突然横に裂ける。
「はははははははっ!冗談ですよ、ライトくん」
白くてきれいな歯だけれど、少し長い、などとどうでも良い事を考えながら、月はその顔をぼんやり見ていた。
「正直、君がこんな」
「流河」
「……はい?」
「タメ口で喋れよ。年、変わらないだろ」
Lは突然真顔になると、顎に親指を当てて少し首を捻る。
「そうですね……キラに対して丁寧語で喋るというのも」
「……!」
「まさか、記憶喪失になってないよね?
きみはキラで、僕はLだ。大丈夫?」
「……ああ」
「さて。さっきはお父さん達が来て時間切れかと思ったけれど。
聞きたい事は色々ある」
Lはどすんと、子どものように勢いを付けてソファに身を沈めた。
「……」
月は項垂れ、自分が軽く現実逃避しようとしていたという事実を受け入れる。
そうだ……もう本当に、覚悟を決めねばなるまい。
既に、自分はキラだとはっきり言ってしまった。
Lを本気で殺そうとした事も、バレてしまっている。
もう取り繕いようがない。
だがLは、観光地にでも来たかのようにぐるりと部屋を見回した。
「けれどその前に。
気持ち悪いからシャワーを浴びたい。シャワーあるよね?ここ」
「ああ?……うん」
「シャワーの間にクリーニングって出来る?」
「いや、それは無理……」
「困ったな」
Lは困った顔でもなく天井の隅を見上げて考え込んだ。
「脱いだ服をもう一回着るしかないだろ」
「死んでも嫌」
「……え!」
月が、この状況で何を言っているのかと、キラとLで何を下らない会話をしているのかと、混乱した頭で考えている内に、Lはシャツのボタンを外して行く。
「きみが洗ってよ」
「え?」
丸めてポン、と放られたシャツを、月は思わず咄嗟に受けた。
「俺が?」
「他に誰がいるの」
Lは靴を脱ぎ、立ち上がって白いパンツのポケットから携帯電話を抜き、下着と一緒に躊躇いなく脱いで行く。
そしてまた適当に丸めて、月が持ったままのシャツの上に放り投げた。
生温い、体温が残った白い布。
「な、なんで、俺が、っていうか乾かないし!」
「干しておけばいつかは乾くでしょ?」
「なんで自分で洗わないんだよ!」
「なんで僕が洗うの?」
噛み合わない会話に、月は「そう言えばこいつはワタリさんに異様に甘やかされていた」という事を思い出す。
「まあ、それは後でいいや。君も服を脱いで」
「は?」
「一緒にシャワー浴びよう」
「え、いや、あの……え?」
今度は「なんで」と聞く事が出来ず、狼狽える月をLはニヤニヤと笑いながら裸のまま手招きした。
月が理由を聞けなかったのはその答えを聞くのが恐ろしかったからだが、Lはそれを見抜いて揶揄っているようにも見える。
「恥ずかしがる事ないでしょ。
前も一緒に浴びたじゃない」
「え……あ、ああ……」
月はLの下半身から目を逸らし、視線を泳がせた。
大学の共同シャワー室で一緒に浴びるのと、ラブホテルで一緒に浴びるのでは全く違う。
そう言いたかったが、どう違うのかと聞き返されるのを恐れてやはり言えなかった。
「あの……俺はいい。おまえが浴びたいなら浴びて来いよ。
その間に服洗っといてやるよ」
「嫌」
「……」
「君が逃げるかも知れないから」
この期に及んで月はやっと、Lがふざけている訳ではない事に気付く。
そうだ……自分は現在、Lに捕らえられたキラだ。
「もう一冊のデスノート。持ってる奴知ってるんでしょ?」
そう言うとLはおもむろに携帯を構え、どこかに電話をかけ始めた。
「あ。夜神さん、Lです。……ええ、はい。大丈夫です。すみません」
「父さん……?」
「まあ……それは後ほど。
今は取り敢えず、そちらに踏み込んだ検察官。ええ、全員捕らえて下さい」
月の顔が青ざめる。
「勿論です。財布、ポケットの中の紙の切れっ端から、ルーズリーフまで。
ノート状の物は全て没収して……
え?何の為に銃を持ってるんです?非合法?命が掛かっているのに?」
Lは畳み掛けるように言うと、
「とにかく、私が死んだらあなたがたのせいです。
勿論取り逃がせば恐らくあなた方も全員消されます。
それを肝に銘じてよろしくお願いします」
相手の返事も聞かずに通話を切った。
「というわけ」
「……何が……」
「君が僕の本名を言ってくれたお陰で、誰が『名前が見える目』を持っているか、大体分かったよ」
・・・・
みたいな感じで、ラブホで始まる攻防。
この後二人でぎこちなく一緒にシャワー浴びたり、キラ事件についてじっくり話したりして欲しい。
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